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【開催報告】furusato意見交換会「中間貯蔵と最終処分を考える」(2021/11/28)

2021年11月28日午後、双葉郡大熊町に新しくオープンした交流施設linkる大熊にて、意見交換会を開催しました。会場に17名、オンライン上に約30名が集まりました。

ご参加いただいた皆様に感謝申し上げます。 

 

≫当日の映像はこちら(講演部分のみ)

≫当日講演資料はこちら

≫講演内容と意見交換の内容については次号の「月刊むすぶ」にもまとめています。ぜひご購入・ご覧ください。

 【講演内容ダイジェスト】廃棄物問題の概観と本質とはなにか?

1.事故後の原子力行政・廃棄物行政における課題

 /茅野恒秀氏(信州大学人文学部准教授、原子力市民委員会核廃棄物部会コーディネータ)

事故後の放射性廃棄物の中で最終的にどのように処分されるかが具体的に決まっているものはまだ一部だ。合意もなく、そもそも明確な法的根拠のないまま進められているのが現状である。 

事故後、混乱の中で制度的・法律的根拠が作られた。これまでのクリアランス制度(100Bq/kg超はドラム缶で厳重管理、等)に今回の災害廃棄物を当てはめず、新たに8000Bq/kg以下の汚泥を適切な管理の下埋立処分することを可能とした。また放射性物質汚染対処特措法が制定され、新たな基準の下、焼却灰等の再生利用が可能となった。 

その後、除染を中心とする「環境回復」に重点が置かれ、中間貯蔵施設の設置と30年以内の県外最終処分を盛り込んだ「福島復興再生基本方針」が閣議決定された(2012年7月)。そして第三段階として、福島県内では「環境再生」へ舵が切られた。土壌の公共事業への再生利用については2015年から検討会が開かれ、南相馬市や飯舘村などで実証事業が開始した。しかし法的根拠となる特措法省令改正は見送りになり、再生利用は現在法的根拠のないまま進められている(環境省は「処分の一環」と回答している)。 

この様な政策的対処の下、廃棄物は地域によって名称や処分の方法、責任主体が異なってきた。これにより、地域(主に県内・県外)によって放射性廃棄物問題の見え方にかなりの違いがあるという。例えば、長野県宮田村では今から6年ほど前に、民間企業から産廃処分場を作りたいと申出があり、首都圏の一般廃棄物の8000Bq/kg以下の焼却灰を持ち込む計画が浮上した。そこで住民ははじめて「これは原子力災害と関係しているぞ」と気付く。9000人の町で反対署名は11万を超えた。その後この計画は進んでおらず、反対する会も解散せず活動を続けている。 

こうした状況が、一言で「事故後の放射性廃棄物」といってもその問題を国民全体で考えることを難しくしていると指摘する。 

 

2.中間貯蔵施設の課題と問題点

   /門馬好春氏・作本信一氏(30年中間貯蔵施設地権者会)

地権者の会会長として、これまで46回の団体交渉を行ってきた門馬氏。情報公開を求めた時、環境省はこのような全面黒塗りされた資料で回答してきたという。今年11月26日に、9回目の環境省の会員向け説明会が開催された。会員から色々な意見がでて、予定の2時間を45分オーバーした。各専門家の協力を得つつ、情報公開に努めている。各歴代の大臣にも要望を出してきたが、小泉環境大臣の時、団体交渉は決裁をもって打ちきられた。一昨日、会員の方からも「理不尽な事をしないで再開してほしい」という多くの声があったという。 

当初の土地使用契約書では、土地を国有化して全面使用可とすることを狙う内容となっていた。弁護士に奮闘してもらい、内容を変更させることができた。当初から環境省は、土地の買収を恫喝のようなやり方で迫っていたため、我々は県や両町に働きかけて抗議した。でも地上権の契約をしたがる人には「少しでいいから売ってください」という契約の仕方をしていたし、実際に地上権契約が売買契約より不利益となるような価格設定だった。 

中間貯蔵施設の仕様を定めた中間貯蔵・環境安全事業株式会社法(いわゆるJESCO法)にも、中間貯蔵開始後30年以内に県外で最終処分を完了するために「必要な措置を講ずる」としている。常に環境省は逃げ道を用意しているという。 

門馬氏は今後も団体交渉を通して、町の“復興”に住民の意思を反映させるプロセスを作っていくことを目指している。 

 

3.最終処分工程は今後どうなるか―北海道の現場からの考察

   /マシオン恵美香氏(核ごみ問題研究会、ベクレルフリー北海道代表) 

いわゆる核のゴミの処分について、国民理解のもと進めるとした国の大義名分はどれだけ果たせただろうか。毎年何億円もの広報費をかけてNUMOが行ってきた宣伝及び説明会。その結果国民からあがってきた懸念は、どれだけ政策に反映されたのか。 

マシオン氏が住む北海道における課題は根深い。最近では寿都町・神恵内村が地層処分の文献調査に応募したことでマスコミをにぎわせた。しかし道北の幌延町では30年以上前から核のゴミの脅威に向き合ってきた。1985年に深地層処分研究施設建設が強行された後、「20年」とする研究期間は、2019年に突然「9年間延長する」とされた。地元住民が、研究の終了時期と土地の埋め戻し工程を再三事業者に求めてきたにも関わらず、だ。そうした最中での寿都・神恵内の動きもあり、今後もなし崩し的に核のゴミ最終処分場となることを警戒している。 

さらに昨今、室蘭市で対策地域内のPCB廃棄物の受入れを検討していることが判り、12月10日に室蘭市長が受け入れを正式に表明してしまった。PCB廃棄物の中に一部放射性廃棄物が含まれる可能性があり、環境省に対して根拠のある基準値設定や情報公開を求めている。 

このように北海道では数十年にわたり放射性廃棄物がすでに押し付けられてきた。政府は「将来世代に負担を押し付けず現世代が決めよう」といって説明会を開催しているが、マシオン氏は「すでに現世代の人権が侵害されてきたのにそれを追及せずに、将来世代を守れっこない」と警鐘をならした。 

【意見交換会での問いかけ

意見交換会には、地元双葉郡内出身で避難している方、帰還して生活をしている方、地権者の方、この問題に向き合っている近隣地域の方などに発言いただきました。そこから見えてきた「問い」を、共有します。 

―地域と国家、レベル感の違いをどう整理すべきか? 

菅波(未来会議事務局):地域のことは地域で決めたい。一方で国民全体が考えるべきテーマでもあり、どう整理したらよいでしょう。 

茅野:住み続ける方々の立場に立っているかどうかが、国レベルの判断にも必要です。国主導で行われた事業が約束通り収まるということははほとんどなく、実際には国の担当者が時間稼ぎをしてどんどん変わってしまう。そして最終的に住み続けるのは住民。なので住民の意思がとても重要です。 

―「2045年までに県外で最終処分」の意味は、作業完了までの期間なのか? 

門馬:JESCO法に基づきますが、「必要な措置を講ずるものとする」という不明確な内容です。何をもって完了かが書かれていない。常に抜け道・時間稼ぎをしている。第20回環境安全委員会で、委員の作本の提案により会議を動画配信することが決定した。不明確な部分を明確にして、みなさんと情報共有を図りながら、物量と工程の確定を進めていきたい。その確定がないと誰も検討できないので、それは国が整理して提供していかねばならない。そこに町も県も深く関わり、町民や地権者も交えて開かれた対話をしていかねばならない。 

茅野:因みに青森県では、科技庁が1995年にガラス固化体を受け入れてもらうときに確約を結んでおり、経産大臣が代わる度に確認をしている。「知事の了承失くして最終処分地にはしない」という内容ですが、読み方を変えれば「知事が了承すると最終処分地にできる」と見て取れます。 

―2045年、その地域で暮らすのか、暮らせるのか? 

地権者の願いとしては、2045年の県外搬出という約束を守り、帰還したいというものだ。それはこの土地を受け継ぎ未来世代につないでいきたいという願いでもある。一方で、放射能が減衰する間に被曝者を増やすのではないか、県外搬出が更なる負担となるのではないかという懸念を吐露した方もいた。 

Aさん:大熊町の帰還困難区域から避難し、今は県外に住んでいます。言いにくいことですがこの機会に、皆さんどうお感じになるかお尋ねしたいです。 以前夫に立ちあってもらって入った時の自宅の線量は10μ/h程度、年間でいうと100mSv/h。線量は300年で1000分の一になる計算です。放射性物質が地域内で循環していくのに加え、第一原発から今も大気中に放出されている状態。私も大熊町に戻りたい。夢の中では帰ったことがあるのに、帰れないでいる…という状況です。住民と広く議論をしたわけでもなく、2014年頃に帰還困難区域を除染して解除を目指すと方針転換されました。「絵に描いた餅」の中、もし2045年に土地が返還されたら、その世代の方が戻ってそのあと、未来の世代が暮らすのでしょうか。農業し生産して出荷して食べて生きて行けるのか、果たして、そうしたいのか。介護する人材として、若い世代が住む。女性労働者の被曝を増やす。除染していく中で廃棄物を生み出していき、県外に搬出するために大きな負担をかける…それをしていいんだろうか?と、色々疑問をもちます。人々の被曝が少なくなるように、より良くできないのか…苦しい思いで、少ない情報を見つめています。 

作本氏(地権者の会):2045年、みんな戻ってそこで暮らすのかということですが。国に約束を守ってもらいたい。私はもういないかもしれないから、若い世代に会員になってもらい、見届けてもらいたい。双葉町では準備宿泊が来年10月に始まり、災害公営住宅ができるらしい。医療体制の充実が必要だ。2045年に国が綺麗に除染して土地を返してくれるかもわからない。双葉町内は来年度から、帰る人の敷地だけ除染する、帰らない人の土地は今後検討すると、ととんでもないことを言っている。皆の気持ちをくみ取ってもらい、安心して暮らせるように全域除染してほしい。 

Bさん:自治体の首長が認めれば決定が変わるかもしれないという、大変ショッキングな意見を聞いた。2045年までに県外へ最終処分場を持っていくのは私ども地権者の願いでもある。それだけは強く言っておきたい。私は先祖から受け継がれた土地の6割を売買契約、3.5割は地上権契約をした。地上権契約した理由は、たんぼや、共有地のため池が戻ってくると確約したいから。一昨日、環境省と地権者会の話し合いの場において、全国の都道府県でなぜ話し合いをしないのか、原発事故の状況を伝えないのか、と申し入れをした。環境省はただ頷いているだけ。 

―未来世代の話ではなく現世代の人権問題ではないか 

マシオン氏:遠い未来の話ではない。今現在の民主主義がなおざりにされてしまい、住民権という私たちの存在・権利そのものが大事にされていない。今の私たちが守られていないのに、次の世代を守れっこない。今福島が置かれている状況については、「私たちが疎外されたまま取り進められている」という実害を、国に対して言っていくことが大事。猶予なんて全然ないわけです。 

茅野:まさに人権問題なんです。一方で、こういう国を作ってきた我々の問題でもある。この10年間で、その人がその人らしく生きる権利がおろそかにされてしまったと思う。科学的根拠だけでは答えの出せない問題が沢山ある。一人ひとりが生きたいように生きられる社会を、2045年に政府がどうするか関係なく、地域全体でそのビジョンをつくっていくことが必要です。取り戻すべきは人と人、人と社会、人と国との信頼だと思います。 

・地元で本音と信頼に基づく議論の土台を、どう作ればよいのか 

茅野:これは福島だけの問題ではない。六ヶ所村でも、ある人が「この村は本音の言えない村なんです」と言っていました。原子力に顕著だと思うが、本音の言えない社会の体質改善が必要だと思います。 

Cさん:仕事柄、震災の年から帰還困難区域に立ち入って経緯を見ており、物理や化学は普通に拒否反応を起こさずに勉強してきました。しかし、物理的・化学的な説明と、私たちが現実で見てきたことは違かった。私だけでなく周りも、10年後に帰れるとは思っていなかった。時が進むにつれて状況がわかり、放射能の影響が全然「机上」ではないところで変わってきている。実際に今こういう状態、こういう状態…と変わっていく中で、何を信じるかというと自分の見たもの。でもそれを人に押し付けません。医者だって同じ考えの人はいない。自分の何を信じるかだと思うが、そこをどう考えるかで、今の大熊、富岡、双葉の見え方も異なってくる。変えようとしている人を信じて欲しいという気持ちもある。結果はすぐに出ないと思うが、こっちに戻っている人や(現場の)状況も聞いてほしい。ここに帰還しようとしている私は、そういう感覚。だから「30年後にこの場所に戻ってくる」という考えも、しごくまっとうだと思います。 

菅波:例えばデンマークでは信頼を大切にしており、国民が政権を信頼しているという話を聞いたことがあります。日本はなぜできないのでしょう。茅野さんが仰ったとおり我々の責任かもしれない、でも権力的に対等ではないから難しいなとも思っています。 Aさんの問いが心に残りました。みな、価値観に伴う選択をします。色々な立場を想定して「どう思いますか?」と重ねていくことが、みんなで考えるという事に繋がるのではと思うのです。「答えを共有しようとすると信頼は生まれない、問いを共有しようとすると信頼が生まれる」という言葉があります。正論だからわかってよ、と言うのではなく、Aさんの問いかけ、「こう思うが皆さんどう考えているか聞きたい」と。それについて皆で話すことで、第三の道が、集合知が満たせるのではと思います。 

 

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